最期の置き土産

最近、身近な人の死を体験しました。


自分にとって
身近な人の死というものは
いずれは・・・とわかっていても
死に直面すると日増しに
心に哀しみがじわじわと
折り重なってズンと重く感じるものです。


蘇るのは
その人と過ごした思い出ばかり。



そして故人の死によって
途切れていた縁が再び結ばれました。



会えていなかった時間が
あったからこそなのか



以前と変わらず、
自然な再会を果たすことが
出来たのでした。




人との死とは人間同士の心の
拘りやわだかまりをものともせずに
会えずにいた時間を軽く飛び越えて
互いに「在る」ことの尊さを示してくれます。




その縁の中で
自分自身の役割、立ち位置を
再確認することもできました。




以前は到底受け入れられなかったことが
お互いにそれぞれの時間の中で
巡り巡って様々な旅をしたことで
「拒むよりドンと大きな気持ちで
受け容れた方が悔いが残らない」
そう思えた瞬間でもありました。




あの時、迷い、もがき、
心苦しさの中で決断した
選択の答えが
ようやく出たようにも感じました。




「これで良かったんだ」と。




人一人の存在、
「在る」ということの偉大さは
到底、計り切れず
唯一、例えられるとしたら
「星」のようだと感じられました。




どのような関係性であったとしても
人と人が出会い関わりを持つことは
何者にも代えがたい「縁」。
一期一会。



ありがとう。



だからこそ、
この「縁」に感謝して
私にできることをするのみ。




さぁ!
故人の人生の店じまいと遺志を
形にする仕事に取り掛かりますか!




そして
地球を卒業したとしても
魂の旅は続きます。




だから
幸せでありますように
またいつか会う日までと
祈りつづけます。















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